Photo Essay


ぁぅぁぅ、WF(ウェストフィヨルズ)へ行ったのは5月末なのに、もぅ10月になっちゃったよ ... 。一体何をやってたんだぁ、って感じで本当に更新が遅くてすみません。

「いい加減テーブルレイアウトをなんとかしなきゃ」と言いながらはや○年。フォトエッセイがここまで遅れたので遅れついでにと、サイトも一部リニューアルしちゃいました。と言っても、見え方自体はそんなに激しく違わないハズ ... 。「見え方がおかしい!」「文字が重なってるっ」「なんか明らかに崩れてる〜」「左のメニューバーがスクロールに合わせて上下しない」等の不具合がありましたら、ブラウザのバージョンと共にお知らせ頂けると助かります。

Mac用 IE やWin用 IE 5.5以下を使ってる人はレイアウトが崩れてたら、ごめんなさい。っつ〜か、 インターネットエクスプローラー なんていつもいつも邪魔ばかりしてくれて、だいっ嫌いだぁぁぁぁぁぁぁ。Firefoxなんてオススメですよ。てか、みんな、モダンブラウザ使いましょうよ〜〜っ。

ただリニューアルと入っても、過去ログを全部いっぺんには修正できないので、今回より過去のフォトエッセイは一部を除き過去の形式のままでしばらくはお許しくださいね。前の形式だと足りないリンクもあるので、迷ったらインデックスへ行ってくださいな。お手数おかけします。ペコリ

さて、今までは「テーブルレイアウトの上書きで更新して行くのがイヤ」って言い訳もあって更新が遅かったのもあるんだけど、これからはどうなるかなぁ?

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WFへの道中

そんなこんなでやってきたのはウェストフィヨルズこと西部フィヨルド地帯南東部にある海沿いの村Reykholar。人口300人弱でアルギン酸の製造工場があるのが特徴と言えば特徴の小さな村です。そう言えばこの工場は、金融危機発覚後アルギン酸の輸出で過去最大(だったかな?)の利益をあげたらしい。工場にとっては低ISKも悪くなかったりして?

この日はこの村でとあるボートを見せてもらう約束があったのね。ただ、その制作者 Adalsteinn さんは英語が話せないので、ボランティアで通訳をしてくれる人が来る事になってたのよ。

とは言っても実は今回のWF行きは営業の旅。なんと言っても業種に寄っては問屋の存在しないアイスランド。ウチの「デジタル写真集」なんて製品の業種にも当然の如く問屋は存在しないのです。 なのでメーカーであるウチが一軒一軒チマチマと営業に行かなきゃならなかったりして ... 。(^^;)

なので、村に着いてまずは仕事をしましょと、村の観光局へ行ったのよ。そして、商談も済ませ、世間話で「今日はこの後ボートを見せてもらうんだ」と話した所 ... 村長さんったら、「あぁ、聞いてるよ。○○が通訳をしてくれるんでしょ。」とあっさり。(゚〇゚;) さすが人口300人弱の村!『誰もが誰もを知っている』のはアイスランドでよくあることだけど、狭い世界での『この話の通じ方』がウェストフィヨルズ的で素敵です。(笑)

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Adalsteinn さんとElinさん

実は元々友人がノルディックボート製作のドキュメンタリー映画を撮りにこの村へ来ていたのね。(撮影は終了してるけど、まだプレミア前なので撮影で使用したボートは今回お見せ出来ないのよ。)で、せっかく村へ寄るんだからと制作者さんの Adalsteinn さんにボートを見せてもらうことに。

建物の特徴を聞いていたし、人口300人弱の村なのですぐに着けるかと思ったら ... 。逆に点在する建物のおかげかよくわからなくてぐるぐる迷いながら、やっと辿り着いた小屋?の中は、ボートや工具がたっくさんだぁ〜。うわぁ、なんだか車の修理場と似た雰囲気でおもちゃ箱みたい♪通訳してくれる Elin さんも来てくれてありがと〜♪

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曾曾お祖父さんのおにいさんの手作りの道具入れ

Adalsteinn さん自身は船乗りでもボート制作を生業にしているワケでもなく、農業を営んでいるそう。てっきり職業としてボート制作をしてると思ってたんだけど、ボート作り&集めは趣味なんですって。今までもいろんなボートを造っている総出、数年前にケフラヴィクから出向したバイキング船制作にも趣味として参加したそうな。

ボート造りが趣味とは言え、 Adalsteinn さん自身は小さな頃からボート制作を間近で見て育ったのだとか。小さな頃から気付いたら手伝うようになり、25歳の時、初めてちゃんと1人でボートを作ったそう。元々は1810年に Adalsteinn さんの曾曾お祖父さんがボート造りを始めたのが Adalsteinn さん一家のボート造りとの最初関わりとのこと。

ここにある道具も自分で作ったもの、買ったものもあるけど、お祖父さんや曾お祖父さん曾曾お祖父さんからと代々譲られたものがあるんですって。このクランプ↓(下の写真右)も曾曾お祖父さんの時代からのものだそう。

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手作りのクランプ(右)

船の造り手がどんどん亡くなっている現在、アイスランド全土でこの手の船を造れるのは、 Adalsteinn さん含めて10名以下しかいなくなってしまったそうな。勿体ない。そう聞くと、友人が撮影を決めたワケがとってもよくわかるかも。技術の継承をせめて映像で残すって素敵だよね。ちなみに造り手さんは一応アイスランド全土に散らばっているけど、ほとんどがWF在住なんだそうです。

ノルウェイには、このボート制作を職として暮らしているちゃんと人もいるのだけど、アイスランドで職として成り立っているのは Ísafjörður や Thingeyri に住む人くらいなんだそう。お気の毒と言うか、これまた勿体ない話です。

ちなみにこの手のボートを作れる人はバイキングボートも作れるとのことなので、技術継承の為にも、政府ももっと保護してくれたらよいのに、と思っちゃいました。

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小屋の中はボートだらけ

農業を営んでいる Adalsteinn さんだけど、やはり海とはなにかと縁があるようで、悲しいかな、親族の方を何人も海で亡くされているのだそうです。当時は泳げない人が多かったせいもあるけれど、1921年と1923年に Adalsteinn さんの父親の兄弟や親戚が亡くなっているし、同じボートで春に父と息子が亡くなったりと、とにかく Adalsteinn さんの周りでも海難事故は多かっのだとか。

これらは1928年にできた規則で水泳を習得しないと学校を卒業出来なくなる前のことだけど、他の漁村でも海難事故にまつわる話は同じようなモノをよく聞きます。エンジン付きのボートが出たのが、○○年頃だから、ソレ以前は当然エンジン無しで漁に出ていたワケで ... 。生活の為に漁に出るのも大変だったのね。

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撮影中の様子を描いた絵 を撮るたいちょ(^^;)(左)
傷に印をつけて、直す目印にします(右)

Ísafjörður のミュージアムにあるボートを作ったのは、 Adalsteinn さんのお母さんの兄弟だったりと、やはり狭いアイスランド社会。ボート制作に携わる人達にもつながりはあるみたいです。

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こっちはまた別のボート小屋

主にボートは漁及び運送に使われていたのだけど、 Adalsteinn さん曰く、田舎では馬とボートはサーバントのようなものだったそう。馬は死んだら食べられる(はい、馬食文化です)サーバントだけれど、ボートは死なないサーバントなのだとか。このような発想から昔の厳しい生活が偲ばれますね。

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所狭しとボートが並んでいます

元々ボート制作には主に浜辺に打ち上げられる流木を利用していたのだとか。現在では輸入材木を使う事もあるのだそう。材料が手に入りにくい環境だったせいはあるけど、自然とともにある暮らし方だったのね。この手のボートは1人で作ると約60時間かかるのだとか。これが早いのか時間がかかる方なのか、りゅにはちょっと判り兼ねるけど、でも大変な作業だと思うよ、うん。

ちなみに海によって、波も深さも違うので、ボートの形状は使う地域の海に沿って微妙に変えられてるんですって。アイスランドの東側とReykholar の辺りでは形状が異なり、この地域のボートはもっと底が丸いんだそう。ここに集まっているボートはアイスランド各地から集められたボートで、 Adalsteinn さんはボートをもっともっと集めたいとのこと。ボートを作るのも、集めて直すのも、見るのも、とても楽しいと語る、 Adalsteinn さん。本当に船が好きなのね。

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最後にパチリ

と、写真を撮った建物に鳥の巣がありました。かわいいでしょ?

この日はちょっと肌寒い日でしたが、たくさんのボートを見せてもらいボート好きのりゅとしてはとても堪能しました♪お2人とも本当にありがとう〜!!もぉね、話してると、 Adalsteinn さんのボートへの愛がすごく伝わって来るんですよ。良い意味でボートバカ(失礼)のおじいちゃんで素敵でした♪

ただ、情けない事に訪れたのは5月で今は10月。りゅの記憶はほとんど抜け落ちてるし、当時書いたメモを読んでも、所々その話がどのボートのものなのか不明で、せっかく伺ったお話を全部書けなかったのが申し訳ないです。何しろ数ヶ月前の話なので、間違えている所もあるかもしれないけど、その辺はご容赦くださいな。

ではでは、次のページへ続きます♪